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~ひとが投資をするとはどういうことか~

ゴール投資に足りないもの ~感情に素直な思考~

理性は情念に従属し、情念がひとを動かす

ー研究の過程で見えてきたものー

廣瀬) 今回は、渡邊先生に、研究の過程で見えてきたものや、私が気になったことについて、二つほど、お尋ねしたいと思います。
 一つ目は、特に渡邊先生にご苦労をかけたところですが、「ひとが投資するとはどういうことか」という話をしていく中で、ナラティブという話が出てきました。そのあたりについて、もう少し詳しくお聞きしたいというのがあります。
 二つ目は、今回、われわれは、お客さまへのサービスにつながるようなナラティブ(ストーリー)を作るということにチャレンジしました。それで、AI、チャットGPTを使ってみたわけですが、最初はすごく便利だなと、バラ色のように思えたのと同時に、あれ? これまずくないか? っていうこともでてきた。そのことについても、渡邊先生からお話を伺わせていただければと思います。

ーゴール投資に欠けているものー

渡邊) まず、第一期から引き継ぐ形で、出発点として「ゴール投資のパラドクス」という問題があって、それを乗り越えるにはどうしたらよいのか、という課題がありました。ゴール投資がまともな考え方だということはわかる。でも、われわれを投資に向かわせるには、何か足りない。それでは、何が欠けているのか。というふうに考えを進めたわけです。
 そもそもゴール投資っていうのは、要するに計画をきっちり立てましょうっていう、かいつまんでいうと、そういうことですよね。PDCAで言えば、P=プランというところをちゃんとしなければ、自分で整理して、把握しておかなければ、じょうずに資産形成はできませんよっていう、ある種の、論理、理性、理屈ですね。
 つまり、論理、理性、理屈であったり、計算っていうような、そういう思考のモードをひとつのよすがにして、投資というものを始めましょうと。そういうレトリック、アイデアなんですね。
 たしかにそれは大事なことである。でも、何かが足りない、ってなった時に、論理とか理性だけではない、人間にとって本質的な精神のあり方が、他にもあるんじゃないかと。
 それで、これまでも哲学の世界で散々考えられてきたこととして、論理とか理性とかとは別の、感情であったり、欲望であったりっていう、精神のモードがあるのではないか、という問いがあるわけですが、近年、行動経済学の分野で、ダニエル・カーネマンの書いた『ファスト&スロー』という本があります。
 その中で彼は、人間の思考、精神のモードのあり方は、二つあって、一つはファストで、もう一つはスローであると言っている。
 スローから先に説明すると、理性に則っていろいろ計算して明示的に考えるという、そういう思考のプロセスがあって、ステップ・バイ・ステップで推論していく、それゆえ速度が遅い、すなわちスローなんです。
 一方、ファストっていうのは何かというと、あくまでも一つの説ですが、人間の進化の過程で、もっと動物的な認知や思考のあり方がある。プリミティブな、何かが怖いとか、お腹が空いたとか、痛いとか、嫌だとか、そういった感情とか欲望と直結したような、認知や思考のあり方がある。システム1とシステム2と呼ばれますが、そういう二つがあると。
 それで言うと、ゴール投資というのは、スローでステディな思考のモードなわけです。でも、それだけではなくて、プリミティブな、感情とか欲望と繋がった方の思考のモードについて、もう少し真面目に考えないといけないんじゃないか、ということなんですね

ー理性は情念の奴隷であるー

渡邊) これは、僕が研究している18世紀のスコットランドの哲学者でデイヴィッド・ヒュームという人がいるんですけど、ヒュームの言葉に「理性は情念の奴隷である」っていうのがあるんですね。ヒュームの考えではあくまでも情念というものが第一であるべきだと、人間を行為に駆動するのは情念であると、そういうことなんです。
じゃあ、理性はなくてもいいのかと言ったら、そうではなくて。情念が何かこういうものが欲しいと目的を設定すると、理性は、そこに向けて、どんな方法とかルートがあり得るのかとか、こっちを選んだらいいんじゃないかというような働きをする。
 理性も役には立つけど、あくまで副次的なんです。情念がないと始まらない。行動に移れないわけです。
 話を戻すと、投資っていうのは、単に額面が増えていけばいいってわけじゃなくて、最終的に何かに使うわけですよね。それで、いろんなものを買ったりとか、体験に使ったりとか、いろいろあるわけですけれども、自分にとってのよいこと、自分の幸せのために使いたいと、その目的を設定するということを真面目に捉えないといけない。
 そうなると、単に理性によるプラン、計画だけではダメで、プリミティブな、感情とか欲望と接続するような思考のモードの方をまず見ていく必要があるということになる。

ーナラティブへの着目ー

渡邊) それでようやく、なぜナラティブなのかという話になるんですが、昨年邦訳が出た、アンガス・フレッチャーの『世界はナラティブでできている』という本があります。
 彼は、システム1とシステム2、感情や欲望に結びついた思考のモードと理性とか計算に結びついた思考のモードといった区別と、全く同じではないんですけれども似たような考え方で、感情や情念に結びついている思考のモードとして、ナラティブ思考あるいはストーリーシンキングっていうものがあると言った。
 フレッチャーは英文学者で、演劇とかの研究をしているんですけど、もともとは神経科学を専攻していた人で、生物学的、進化的に、人間にとって、そういう感情とか欲望と繋がるような考え方っていうのが、意思決定であったり行為において、決定的に重要であるということを言っている。
 お腹が空いたから食べようとか、眠いから寝ようというだけでは、おそらくよい人生は送れない。よい人生を送るためには、それを精緻化したり、うまくいくようにするやり方がある。それが、ストーリーシンキングである。もう少し具体的に言うと、あるキャラクターを設定して、自分、将来の自分であったりとか、過去の自分であったりとかを、ある可能な仮設的なプロットの中に置いて、こういう状況だったらどうなる? どういうことをする? どんな結末になる? とか、想像力を働かせていく。それは、演繹的、論理的な考え方とは違うんですね。
 投資の場合も、ナラティブっていうものを一つのヒントにして、さまざまな分野のナラティブ研究の知見を渉猟して生かすことができれば、ゴール投資に足りないものを補って、われわれの背中を押してくれるような、説得力のある説明を、これから投資をしようと思っている人に提示することができるんじゃないかと、そのように考えたわけです。

ーAIを使うことの限界と良さー

廣瀬) なるほど。ナラティブが重要だということがよくわかりました。ところで、ナラティブを自分で紡ぐというのもなかなか大変ですよね。
 ということで、われわれは、第一期で作った幸せのファクターをもとにしたライフ・インテグレーターをツールとして用いて、チャットGPTの力を借りて、ナラティブを作ってみました。それで、急激に研究が進んだ感じもあったのですが、ある程度やってみると、論理的に矛盾していたり、よくわからないようなものが生成されたり、AIを使ったら簡単にできましたとはならない、といったこともわかってきました。そのあたりについて、先生はどんなことを感じられましたか?

渡邊) そうですね。昨今話題の大規模言語モデルに基づく生成AIがいろいろな形で活用されて発展著しいということで、われわれもご多分に漏れず、ナラティブを作るのにAIが使えるんじゃないかっていうことで、じゃあやってみよう、みたいな始まりでしたよね。
 それで、最初おっしゃったように、最初は、おお!すごい、みたいな話になって、でも、生成AIあるいは大規模言語モデルが生み出すものっていうのは、個性みたいなものがないんですよね。
 それは大規模言語モデルが、そういったテキストを生み出すっていうことの成り立ちから言って、いろんなデータを組み合わせて語の配列からの統計的な処理によって次に来る語を連ねていくということなので、論理的でなかったりとか、つじつまが合わないことも出てくる。
 けれども、ある意味で、それっていうのは、われわれがやろうとしたこととフィットしている部分もあって、ストーリーシンギングとかナラティブっていうものについて、フレッチャーは、こういう反論があり得るだろうっていう話をするんですね。
 そもそもナラティブっていうのは、データによって指示されていない。データと矛盾するようなことであっても、物語、フィクションにおいては、事実と反するようなことだってあっていいわけです。
 でも、データを反映させて、論理や理性と合うように物事を進めていこうっていう時には、ストーリーシンキングっていうのは、うまくいかないんじゃないかと。
 それで、フレッチャーが言うには、そこがむしろいいところなんだと。われわれは、データであったり論理であったりを礎にして、うまくいくと思っているけれども、それでうまくいくっていうのは、ある種限定された状況に限られるんだと。むしろ、われわれは、そういった理性的な考え方に固執して、データに縛られてしまう。
 だけど、じっさいに得られているデータって、大抵の場合は、限られたものなんですよね。サンプルサイズだってそんなに大きくなかったり、論理だって、われわれは日常生活において、きちんと検証された論理でものごとを決めているかと言えば、そんなことはない。こうなればこうなるだろう的な、経験に基づく、論理っぽいものに基づいているに過ぎない。
 本当に論理とかデータをガチガチにやったら、あるいは全知全能だったら、うまくいくかもしれないけど、実際はそうじゃない。そういう時に、データに固執してしまうとダメで、それを矯正するというか、バランスを取るために、ナラティブ思考っていうものが、データからも矛盾するようなプロットを生み出すことができるっていうところが、大事なんだっていう風に言うわけなんですね。
 それよりも、われわれは、将来のお金のストーリーっていうものを考えましょうって言われても、なかなか出てこないですよね。小説を読んだことがない人が面白い小説を書けるかっていったら大抵そうじゃないように、やっぱり、ナラティブを触発するのもナラティブなんですよ。だから、そういう意味で、ある種原初的なナラティブをチャットGPTで作ってみたと。すごく面白かったりとか、すごく緻密なものではないにしても、そこから自分の想像力を膨らますことができるようなものならいい。むしろ、ある種の荒さがあった方がいいっていうことですね。
 匿名性っていうか、非個人性っていうところで、大規模言語モデルの作ったナラティブを、ヒントとして読んでみてくださいと。これが、本当に誰か別の個人がありありと想像できるような、ものすごくリアルな物語だったりすると、それは逆に、ちょっと自分には合わないなっていうか、これは自分ではないな、っていうふうに感じられてしまうと思うんですよ。
 ある種の平凡さと言いますか、人間の平均値を取ったような、そういうナラティブっていうものが生成される。だから、つまらないものにも見えてくるんですけれども、それも読む人の想像力を刺激するっていう意味では、変に個性的じゃないほうがいいのかなっていう、そういう良さはあるんじゃないのかなって思います。

ーライフ・インテグレーターの意義ー

渡邊) ひとつ重要なことを付け加えると、ナラティブをAIで作ろうってだけだったら、うまくいかなかったと思うんですよね。その土台と言いますか、インプットのところに、ライフ・インテグレーターっていう尺度、「わたし」的な「しあわせ」と「われわれ」的な「しあわせ」、「しあわせ」の8つのファクターというのがあって、それをお客さんが、どう選ぶのかというところをインプットにしてますので、その人の幸せの形の骨組みの部分は、ある種はっきりとさせて、そこからあえて、ちょっともやもやとしたナラティブを作り出してるわけなんですよね。だから、もしもライフ・インティグレーターの尺度がなかったら、単にお客さんにテキストを入れてくださいみたいなやり方だったら、出てきたナラティブがなんか変だなっていうことになっても、直しようがなかった。われわれが、AIが作ったものを人力で直せたのは、そういった幸せの形っていうものの骨組みの部分を、第一期の研究でしっかり考えて、その上でAIを使ったことで、ある程度うまくいったんじゃないかなっていうふうに思います。

ー資産形成から人生形成へー

廣瀬) 今年の4月以降、プロダクトのカスタマイゼーションの一つとして、共同研究の成果を取り入れようと思っていて、「しあわせ」の形に合わせたものとして、運用戦略とかETFの選択というものに結びつけようと思っているんですが、その際には、確かに、ナラティブから戦略を選んでいるわけじゃなくて、ライフ・インテグレーターのファクターで選んでいるんです。ナラティブはわかりやすくぼわっとさせた、本能直感に寄り添ったストーリーにして、実は核になるファクターがあって、それがあるから、そこに立ち戻って修正したり、戦略の選定にこう結びつけたりっていうのができるっていうのは、確かにおっしゃる通りだと思います。

渡邊) 最初の話に繋げると、ファスト&スローのファストだけを強調しようっていうことではなくて、スローの方、理性的なところはゴール投資とかである程度は流布しているわけですし、みなさんそれは大事だということをよくわかっておられますから、ファストの方、ナラティブで直感に訴えて行為に一歩踏み出してもらう。その両方をつなげようっていうのが、第一期と第二期でやってきたことなのかなって思います。
 マイホームであったり、車であったり、確かにそれぞれいいものだし、多くの人にとって大事なものであることに変わりはないんですけれども、やっぱり、誰かが言っていることを追いかけるのではなくて、結果的に同じ目標に落ち着いたとしても、自分自身にとっての「しあわせ」っていうものが、どういうものなのか、どういうところにウエイトがあるのかということを、自分の実感として把握して、その上でゴールなり目標っていうものを定めないと、なかなか続かないですし、それが資産形成、ひいては、もっと広く人生形成っていうところにつながっていくんじゃないかというようなことを、われわれはこの研究で考えてきたんだと思います。

【第3回】京都大学大学院文学研究科哲学専修教授 出口康夫氏の記事は4月24日を予定しています

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